天鵞絨色のエトセトラ ~Velvet-colored Etosetra~

天鵞絨色のエトセトラ ~Velvet-colored Etosetra~

課題レポートより頑張れている気がします。

ああ冬の温泉 氷結肩までつかる ~2024冬 長野2~

お疲れ様です。さいがきです。教習所で精神すり減らしまくって最近ずっと寝てます。マジで日付変わるくらいに寝てます。

さて、長野旅行の続きです。長野電鉄に乗ったところから始めます。

劣化版田園都市線は地上に出ると二子玉川ではなく本郷駅に到着します。のどかな雰囲気ですが、しっかり複線の長野の近郊路線として、通勤通学を支えています。

信濃吉田駅北長野駅にも近く、ここを出ると新幹線及びしなの鉄道と交差します。新幹線をくぐりながらしなの鉄道を跨ぐという地上の鉄道による多階層の交差は、都心部でもなかなか見られるものではありません。生憎しなの鉄道の車両は来ませんでしたが、もし同時に差し掛かることがあるならば、写真映えするスポットになり得るのではないでしょうか。

朝陽駅に到着です。人名みたいですね。長野電鉄内の複線区間はここで終わりとなります。

さてまだまだ進んでいきます。住宅の裏手を走っていく、生活感のある風景になっていきます。

長野市から須坂市へと渡る橋である村山橋は、これまた珍しい鉄道道路併用橋です。供用開始は2009年と15年ほど前であり、比較的新しい橋です。その時代になると架け替えに際して鉄道と道路は分離されそうですが、なんだかんだで残されました。決め手は何だったんでしょうかね。まとめて架橋した方が安上がりだったんでしょうか。また、案外知られていませんが、ここは長野電鉄初のロングレール区間でもあるそうです。要は15年くらい前までは全区間定尺レールってことですよね。門司港駅舎とか厳木の給水塔とかもレトロで趣深いですが、私的にはこういう些細な設備とかから感じる古めかしさの方が癖にピンズドかもしれないです。

そのまま電車は須坂に到着。かつてはここが長野電鉄長野線の終点で、ここからは長野電鉄河東線だった区間に入ります。一応長野からよりもさらに古い線区です。というか須坂から中野までが一番古いです。かつては国鉄から屋代経由で須坂を通り湯田中行きの急行があったようななかったような気がしますが、大宮から一本だった時代もあった(かもしれない)と思うと意外と近場に感じられます。それでは信州中野へ向けてもう少し進みます。

沿線にも果樹の農地が目立つようになってきました。長野県はリンゴやブドウやクリの産地としても知られていますが、思い返せば今まであんまり果樹農園を見ていなかったような気がしたので忘れていました。しょうがないね。

小布施です。帰りに寄ったのであとでくどくど話したいと思います。

信州中野です。木島方面の分岐駅でした。ちなみに路線的には本来湯田中方面が分岐側です。ここからは旧山ノ内線に入っていきます。

ちなみに化けの皮が剥がれた駅名表もありました。2002年には中野北駅、というか通称木島線の区間が廃止されているので、私よりも年上の駅名表ですね。いつからナンバリングしてるかは知りませんが、ナンバリング貼ってから剥がれたんでしょうか。

さて続いて乗る電車がこちら。

うん、日比谷線だね。さっきのは田園都市線だしこれ日比谷線だし、たぶんここはスカイツリーラインかなんかでしょう。なんとなくせんげん台で急行から各停に乗り換えた気分です。うん。いや別にいいんですけどなんか新鮮味ないなぁと。

なんかの山です。高井富士っつったかな?よませ温泉リフトが通ってるはずです。知らんけど。

多分信濃竹原駅です。板張りのホームがいいですね。ここは一線スルーの構造ですが、たぶん関係なく右側通行になっています。なんでかは知りません。

ものすごくメトロを感じます。日比谷線の非定期行き先って言ってもワンチャンバレません。

ということで湯田中に着きました。

 

こんな感じの行き止まり駅で、今は使ってない方には旧ホームが残っています。駅舎には温泉がついているのですが、私はそれに気づかず温泉を探しに山を下りました...

駅前は特に温泉街という雰囲気でもなく、どちらかというと、ホテルの送迎や観光バスを待つ人で賑わっており、スキーリゾートの玄関口って感じでした。志賀高原とか渋峠も近いですしね。私はあまりスキーはしませんので、たぶんこのシーズンに志賀高原を目指すことはないでしょう。

眺めがいい場所に出ました。かなり高低差がある土地なのがよく分かります。実際ここは夜間瀬川にかなり削られた土地ですので、ちょっと歩くだけでも後ろを振り向くとめっちゃ坂みたいな場所が多かったです。

シャッター商店街です。これに関しては特段珍しくもないですね。ただやはり看板のフォントとかはやっぱり30-40年くらい時代に取り残されているような気もします。

一通りぐるっと回ったら(迷子になったら)駅に戻って温泉タイムです。歴史ある建造物ではありますが、内装はしっかりきれいな建物でした。

お湯の温度は高め、というか掛湯しても爆速でのぼせました。何度あるんですかねあのお湯。心臓にめちゃくちゃ負担がかかったのか、上がってからもしばらく心臓が痛かったです。まじで死ぬかと思いました。露天の方がまだぬるいのでそちらをおすすめします。あと意地張って長湯するな。

出てきたら帰りの電車が来ていました。この特急ゆけむりで小布施に向かいます。

前の章でも言いましたが、長電のフリーきっぷは自由席特急券込みのきっぷなので、ゆけむりだろうがスノーモンキーだろうが自由席車両の空いている座席に座れます。神かな?

ようやく折り目を見つけてきっぷを半分に折りました。遅いよ。

車窓は山に開かれた小さな集落を望みながら移ろっていきます。扇状地だったり、そうじゃなかったり、やっぱり扇状地だったり様々です。確実に言えるのはこういう地形の場所は果樹栽培が盛んな事なので、リンゴやらクリやらブドウはこの辺り一帯から全国へ出荷されているのでしょうか。

小布施では特急同士の行き違いが行われます。こう見ると壮観ですね。駅も一瞬ですが賑わいを見せます。

電車が出ていくとがらんとしてしまいました。趣のある待合室がいい雰囲気を醸していますが、まあどんな印象ですかと聞かれたら、皆さん異口同音に「寂しい」「空しい」と答えるのではないでしょうか。

しかしここで降ったり止んだりしていた狐の嫁入りが去り、晴れてきたのは朗報です。

誤字ではなさそうですが、この「おぶ也」表記は何なんでしょうかね。少なくとも私が知る限りでは「せ」の書き換えで「也」を使っているのは見たことが無いので、なんか知ってる人教えてください。多分布施だけに也は無いと思います*1

いい天気になりました。実は当日は雨予報だったので、私の日頃の行いは素晴らしく良かったのであろうと勝手に思い込んでおきます。

小布施の観光エリアを巡るには少し時間が足りなかったので、駅前と酒屋と和菓子屋をつついて終わりましたが、それだけでも随分魅力的なまちでした。クリが有名ということで栗あんの最中を買って帰ったのですが、それがめちゃくちゃおいしかったのでみなさんもぜひ。それだけでもまた行きたいと思わせてくれました。

あとはどう考えても私有地みたいな歩道もありましたね。歩いていいのかめっちゃ不安でした。

酒蔵でした。買うか悩みましたが、小布施ではワインを買ったのでここではパス。しかし結局長野駅で新幹線の待ちの間に大雪渓を買ってしまいました()

北斎館の方にも行きたかったですが、また次の機会って事で。旅の楽しみは取っておくのがおすすめです。また来る理由になるしね。

信州五岳なるものが見えました。まず一番左が飯縄山です。テングノムギメシという微生物が大量に住んでいるらしく、砂が食べられるので「飯砂」が変わって「飯縄」です。ちなみに観光地としては「飯綱」を採用しており、山の名前は「飯縄」なんだそうです。

続いて雲でほとんど見えないのが戸隠連山。神話の時代にアマノタヂカラオがアマテラスの隠れた天岩戸の扉の岩をぶん投げた結果、破片がここまで飛んだらしく地名が戸隠になりました。なんちゅうパワープレイだよ。長野市内にも天岩戸(と伝わる穴)はありますが、神話と辻褄を合わせると高天原からぶん投げてるので、通常の完成の人間なら神話が国の始めの話ではなくただの面白SF小説なのが伝わるのではないでしょうか。てか高天原ってどこだよってね。

戸隠の隣は黒姫山竜神と結婚させられた高梨氏の娘、黒姫がいると伝わる山です。竜神と結婚して山に行ったって書けばまあなんとなくわかりますけど、いっちゃあ水害がひどいから人柱にされた、もしくは自らなったと取ることもできるわけですので、これだから地名の由来はやめられません。まあ昔の北信地方は水害がひどかったのでしょうか。千曲川もたびたび溢れていますし、それに基づく創作でしょう。

続いて画像一番右が妙高山。北信五岳で一番高い山です。名前も「妙に高いから妙高山」という由来です。

と思っていたのですが、どうやらこの山は仏教徒から須弥山に準えられていたようで、「越の中山」から二次佳字政策で「名香山(みょうこうさん)」、そして須弥山の日本語訳「妙高」をあてて今の山の名前になりました。要は外来語です。

そして最後のこいつがぼっちの斑尾山です。ここまで総じてスキーで有名ですね。こいつは北信五岳でブッチギリの低身長で、た○かなに言わせれば人権の無い山なのですが、小布施や中野から見れば他と大して差が無いのでなんとなく北信五岳に数えられています。そういえば童謡「ふるさと」に出てくる「うさぎ追いしかの山」はこの山だという説もあるらしいですね。近くを走る飯山線の観光列車「おいこっと」が「ふるさと」の世界観を大切にしていることから、何となく合点がいく説なのではないでしょうか。

写真忘れましたがスノーモンキーで長野に帰り、適当に入ったスーパーマーケットで中野の写真を見かけました。それはまだしも英字新聞とはいえなんで主役がゴンザレスやねん。

このタイミングでもう一雨来たのでダッシュ長野駅に帰りました。

そういえば昼間に着いた時に駅舎の写真をちゃんと撮っていなかったので夜景ですがパチリ。夜になるとますます存在感がありますね。

酒2本買って新幹線に乗りました。友達のおつかいで買った「西之門」と、オタクが太鼓判を押してた「大雪渓」です。

どっちも吟醸酒だけどいいよね。後々飲みましたが、友達が土産に買った酒よりも大雪渓にハマりやがって俺が飲む分がほとんどありませんでした。今度会ったら金を取りたいですね。

夜の新幹線は、駅間が長い分、まち明かりが少ないと不安になります。これは篠ノ井のあたり。

上田です。行きのときも言いましたが、やっぱかなりの大都会です。

帰りの便は本庄早稲田以外の全駅に停車する便でした。散々こき下ろした安中榛名にも止まります。本当にこの時間いる?

高崎かどっかです。これくらいの明かりは「帰ってきたなぁ」になります。まあ私が田舎者なのもありますが、これくらいがちょうどいいんです。

ニューシャトルが見えてくるといよいよ現実に引き戻されます。あっという間に帰ってきたんだなぁ...と思うとかなり感慨深いです。鉄道唱歌の神戸の項の最後は「人に翼の汽車の恩」とかうたわれていますが、ここまで来るともう翼っていうかロケットエンジンですよね。

大宮に着きました。ほんまかっこいいなこの新幹線。マジで愛してる。

で、最後に13時間ぶりくらいにJRに金を払って日進に帰宅しました。かかった交通費は長野電鉄のフリーきっぷと日進大宮間の往復のみ*2コンビニで買った大雪渓の方が高いという衝撃の結果で終わりました。嘘でしょ?ところがどっこい嘘じゃありません。

 

という訳で前半の反省を活かして端折り気味でお送りしました。ポイントって便利ですね。酒一本分でこんなに楽しい旅行ができたんだから私としても大満足です。長野電鉄も初めて乗りましたが、静かでのどかな景色とリゾートで賑わう景色の二面性を肌で感じることができました。やっぱスキーリゾートは活気があっていいね。外国人も多く、ウィンタースポーツで北信地域をもっと盛り上げられたらさらに面白くなりそうだなぁと思いました。さすが長野。オリンピックをやってるだけある。

 

ということで今回はこの辺りで終わろうと思います。ここまでお読みいただきありがとうございました。それでは!

*1:御布施金○○円也のアレ

*2:お土産と交通費を除けば湯田中の温泉の入湯料600円しか払っていません