おまつりいきたーい!!!こんにちは、さいがきです。今回は佐原秋祭りに行ってみたのでそのお話です。と言っても、行ってきたのは10/9とざっくり半年前なので色々記憶が曖昧ですが許してください()
ということで新宿駅からおはようございます。なんかふとお祭りに行きたくなったので、たまたま走っていた臨時特急「佐原秋祭り」号を適当に生やして突撃します。
実は御茶ノ水近辺の転線を経験したことが無かったので、ひっそり楽しみにしてたんですよね。
E257系は中央線特急時代に「かいじ」で何回か乗りましたが、大月までとか八王子までみたいな短距離しか乗ったことが無く、結局こいつで甲府盆地に足を踏み入れることはありませんでした。ちょっと悲しいね。
ほんのわずかな期間しか「富士回遊」で運行されていなかった気がします*1が、わざわざ貼ったんですねこれ。
さあ出発。
新宿を出ると秋葉原、錦糸町、船橋、千葉、佐倉、成田、終点佐原の順に停車します。
船橋手前あたりまでは、車掌さんから配られたパンフレットを読んでました。翌日が祝日なのになぜか大学が存在していたので、早めに切り上げるには情報収集大事。
先ほど停車駅を書き連ねたときに出てこなかったし、時刻表にもパンフレットにも特に止まるとは書いていなかった四街道駅に停車しました。なんで?
まあわざわざここを引っ張ったところでオタクの皆さんは何するか分かり切ってると思いますので適当に流しますが、特急に抜かれました。おかしいな、これも特急のはずなんだけど...*2
ついたあああああああああああああああああああ
佐原に着きました。あいにくのドン曇りで、普通にクソ寒いですが、楽しんでいきましょう!
佐原駅は趣のある佇まいです。かつて伊能忠敬が暮らしたまちで、利根川の舟運で栄えた水郷のまちでした*3。市内を流れる小野川の脇にはかつての町並みが残され*4、小江戸としても親しまれています*5。香取神宮の鳥居前町でもあり、現在の香取市の中心集落でもあります。それではさっそく街中を闊歩していきます。
...の前に、佐原の大祭についてちょっと書かせてください。
小江戸佐原の大祭は、江戸の祭礼文化に影響を受けたお祭りで、享保年間に山車を曳き廻し、お囃子を謡う祭りが始まったとされています。小野川の東側が「本宿」西側が「新宿」と呼ばれ、春の大祭は本宿地区の八坂神社の、秋の大祭は西側の新宿地区の諏訪神社の例大祭として行われています。佐原の山車と囃子の形態は、市内の小見川地区、東庄町、多古町など、茨城県の潮来市、鹿嶋市、行方市麻生などに見られ、周辺地域の祭礼に大きな影響を与え佐原を中心とする山車文化圏を形成しています。
中でも最大のこの「佐原の大祭」は関東三大祭り*6にも数えられるほどのお祭りです。で、この祭りで演奏される「佐原囃子」が日本三大囃子*7の1つに数えられています。三大○○好きすぎやろ。
じゃ、ここいらで休題して旅行記に戻します。
早速山車を見つけました。佐原の秋祭りでは14もの山車が市内を練り回り、クライマックスでは川沿いにすべてが一堂に会するので知られています*8。
さすがに全部を見つけて写真に収めるには時間が足りず、人も多いので難しいですが、なるべく色々見て行きたいですね。
街中をずかずかと進んでいくと、諏訪神社が鎮座していました。お祭りを楽しむ前にご挨拶しておきましょう。
箱根神社を思い出させる石段が続きます。夏場なんかは心地よい日陰になると思います。
香取市の諏訪神社は、天慶の乱*9にて藤原純友を討った功績で下総大須賀荘*10領主に任ぜられた大神惟季*11が、信濃の諏訪大社*12を勧進したことに始まる神社です。先ほど言いました通り反対側には八坂神社(スサノオ)がいるので、実は佐原ってめちゃくちゃ神の力が流れ込んでいる説を適当に流しておきます。
戻ってきました。再び山車を見て行きましょう。
顔が陰っちゃってなかなかいい写真になりません。ちょっと悔しい。
コロナ禍ということもあり、3年ぶりの開催となった佐原の大祭でした。コロナも落ち着いたので、次回はもっと賑わうんじゃないですかね。
本当にタイムスリップしたみたいですよね。川越は漆喰の土壁ですが、ここはずっと昔から火災の記録が特に無いので木造建築が残っています。江戸の雰囲気を味わうなら佐原が一番うってつけなのではないでしょうか。
小野川です。お店があったり、サッパ船が通ったりと、小江戸の雰囲気に加え倉敷や柳川といった水郷の雰囲気も味わうことができます。まさに目抜き通りという感じ。駅からもそんなに遠くないので、オタクの皆さんにおかれましては、鹿島線に行くときの乗り換えの間に寄るのもいいかもです。
スマホで彩度いじりました。団子とお茶で一服するのも乙なものです。ただしここは生活道路なので、マナーはもちろん、車も平気で行きかうのでお気をつけて。
水面に近付くこともできます。大垣や近江八幡など、ほかの水の都にも行ってみたくなります。
後ろの紅白塔がクッソ邪魔です。フォトショで消したくなりますが、フォトショを持っていないので諦めます。
これいいな
このタイプのポストでさえ景観錯誤の邪魔者に見えるんだから佐原の町並みの保全のレベルの高さが窺えます。他の観光地も頑張れ。
小野川景観地区を楽しんだので、再び祭りをぐるぐるします。
瓊瓊杵尊は西日本を中心に進行されている神様で、霧島神宮や高千穂神社の御祭神です。
浦島太郎のお囃子をちょっと注意して聞いてみましたが、「むかし~むかし~うらしまは~」のよく聞き覚えのある旋律が聞こえてきました。若い女性が踊り、男性衆は山車の曳航、子供とお年寄りがお囃子っていう感じでしたね。こんなに大きいものを一日中曳き廻すわけですから相当大変な三日間だと思います。地域総力を挙げたお祭りっていう感じですね。地域の神様に奉納するお祭りなわけですから、私のような外部の人間が観光目的で見物に来るのはどうかと思いますが、これは一見の価値ありだと思いました。
残念ながら帰りは鈍行だし、冒頭でいった通りなぜか翌日に一限があるので帰ります。いずれクライマックスまで見届けたいですね。
おみやげは水郷の月にしました。美味しかったです。
帰りは来た道を鈍行で帰りました。めちゃくちゃ時間かかりました...*13
というところで今回は終了です。お祭りは完全に地域社会のイベントなので、「お邪魔させていただいている」意識を持つことが大切だなぁと思いました。大楠公*14や小野道風*15など、今回見付けられなかった山車もあるので、またお邪魔したいと思います。小野川の町並み保存地区ももっとゆっくり歩いて、お店を覗いたり食事をしたりしたいですしね。
佐原春祭りもぜひぜひ足を運びたいですし、利根川の方も行けなかったので佐原は再履修案件ですね。山車屋台が出てくる曳山祭りは迫力満点で、見物客的にはものすごく楽しいし、目を奪われるので機会があれば皆さんも足を運んでみてくださいね。関東だと烏山の山あげ祭、熊谷うちわ祭、秩父夜祭、赤坂氷川祭なんかが挙げられますし、青森ねぶた、弘前ねぷた、高山祭、岸和田だんじり祭り、博多祇園山笠など有名なお祭りも多いです。遠州地方では地域差が顕著*16らしいのでめぐってみるのも楽しいかもですね。
それでは、また次回の記事で。ありがとうございました。
*1:2019年8月 - 2020年3月の一部の平日に1往復(93号・90号)運転していた臨時列車がこいつ持ちだった。
*2:錦糸町だの船橋だの千葉だの止まっているうちに東京の次は空港第2ビルの成田エクスプレスに迫られていた。
*4:実は関東地方で初めて重要伝統的建造物群保存地区だったり。
*5:小江戸は佐原の他にも川越や栃木、掛塚、甲府、彦根などが有名。
*6:残りは川越氷川祭(川越市)と常陸國總社宮例大祭(石岡市)の2つ。
*8:今回は新上川岸の牛天神の山車が山車新造中のため曳き廻されず13台が集結します。
*9:俗に言う「藤原純友の乱」。瀬戸内海では海賊による被害が頻発していたため、従七位下伊予掾の藤原純友は海賊の討伐に当たっていたが、承平6年頃には伊予国日振島を根拠に1000艘を組織する海賊の頭目となっていたとされたうえに、天慶2年、純友は部下の藤原文元に備前介藤原子高と播磨介島田惟幹を摂津国須岐駅にて襲撃させた。ちょうど、東国で平将門が謀反を起こし新皇を称したとの報告が京にもたらされており、朝廷は驚愕し、将門と純友が東西で共謀して謀反を起こしたのではないかと恐れた。位階を与えて純友を懐柔しようとしたが位階を持ち逃げされたため、朝廷がブチギレて戦争になった。
*11:資料が乏しく定かではないため、橘遠保に斬られたという説もある。
*13:成田でバカ停したり、千葉で乗り換えた快速が遅れ成田エクスプレスを永遠に待ったせい。
*16:御所車型だけでも袋井型、森型、掛川型など。呼び名も「屋台」が多いのに、掛川市横須賀だけは「禰里(ねり)」になります。